高齢犬の慢性神経疾患に関する観察記録< 幹細胞上清液の補助的活用に関する報告>

柳原正史 獣医師
1987年生
緊急症例の多く集まる2次病院にて長く研鑽を積む。
最近では幹細胞上清液やPRPゲルを用いた再生医療にも取り組んでいる。
はじめに
小動物臨床では、ペットの高齢化に伴い、変形性脊椎症(脊椎の加齢性変化)に起因すると考えられる歩様の変化・運動量の低下・背部の不快感などの訴えに遭遇することがあります。
画像上の変化と臨床徴候の強さは必ずしも相関しないことが知られており、体重管理や疼痛コントロール等を中心に保存的対応が選択される場面が多いです。
本稿は、医薬的効能効果を標榜するものではなく、院内で飼い主さまの同意のもとに実施した幹細胞上清液の補助的活用に関する観察的記録を共有するものです。
注:本稿で言及する幹細胞上清液は、脂肪由来幹細胞の培養液から細胞成分を除去し、凍結保存したものであり、医薬品として承認された製品ではありません。
観察の枠組み
- 対象:神経学的に後肢協調運動の低下や背弯姿勢を示し、X線で脊椎の加齢性変化が示唆された高齢犬としました。
- 実施:通常の生活管理(体重・運動量の調整等)に加え、幹細胞上清液を院内管理下で使用し、獣医師所見と飼い主さま所感を時系列で記録しました。
- 併用:本稿の症例では新規の積極的処置を併用せず、幹細胞上清液の使用と日常管理の継続のみとしました。
症例1:変形性脊椎症の所見を示したトイ・プードル
- 個体:避妊雌 15歳
- 既往・主訴:約1年前から歩行が徐々に不安定となりました。ロボット様歩行、背弯姿勢を呈していました。
- 神経学的所見:後肢CP左右2、通常歩行は可能ですが後肢のもつれが顕著でした。
- 画像所見:X線で椎体の変化は軽度でした。
- 介入:幹細胞上清液0.25mlを院内管理下で使用(回数・間隔は院内基準に準拠)しました。
【経過(所見と飼い主さま所感の分離記載)】
・1日目:獣医師所見→後肢のふらつき、腰の沈み込み、尾の可動性低下を確認しました。
・3日目:飼い主さま所感→「歩様がやや滑らかに感じる」「尾の動きに変化がある」とのことでした。
・20日目:飼い主さま所感→「後肢のふらつきが減り活発になった印象」とのことでした。
・80日目:飼い主さま所感→「日常動作はかなり安定し、お散歩にも行けている」とのご報告でした。
コメント:画像変化は軽度で、臨床像との乖離がみられました。10日経過くらいで、使用前と比較し歩行がよくなった印象を持たれていました。長期的な維持もできていました。
症例2:変形性脊椎症の所見を示したミニチュア・シュナウザー
- 個体:雄 13歳
- 既往・主訴:半年前に歩行障害が急性に増悪したとのことで、他院で鍼灸治療を半年継続されましたが、十分な改善実感に至らなかったとの申告でした。
- 神経学的所見:不完全歩行・ロボット様歩行、後肢CP左右2、著明な背弯を認めました。
- 画像所見:X線で高度の脊椎変形を認めました。
- 介入:幹細胞上清液0.25mlを院内管理下で使用し、経過観察と投与間隔の調整を行いました。
【経過(所見と飼い主さま所感の分離記載)】
・1日目:獣医師所見→歩けてはいますが、歩様はゆっくりで尻尾は下がってしまっています。
・7日目:獣医師所見→歩行時のふらつきの軽減傾向を確認しました。飼い主さま所感→尾の動きが出やすいとのことでした。
・14日目:飼い主さま所感→ナックリング頻度が減った印象、歩行音の変化があったとのことでした。
・以降:3週間に1回程度の間隔で継続し、約2年後に歩様の軽度な悪化がありましたため、使用量を0.5 mLに調整しました。現在は日常生活が良好に維持できているとの申告をいただいています。
コメント:短期~中期での主観的な歩様の変化が記録されました。他治療との比較優越性は評価しておらず(鍼灸との比較は飼い主さまの満足度に関する所感としてのみ記録し、有効性の優劣は論じない立場です)。
有害事象・安全面の記録
・観察期間において、重篤な有害事象は記録されませんでした。
考察
- 本稿は観察記録であり、効果の断定や他治療との優劣の判断は行っていません。検証は対照群・盲検の前向き研究に委ね、院内ではQOL支援の一手段として慎重に位置づける方針です。
- 安全面では、観察期間中に重篤な有害事象の記録はありませんでした。今後も、無菌管理・保管/解凍手順・投与後モニタリングを継続し、安全管理の運用プロトコルを明確化します。
- 今後は、歩様スコア(0–10)、活動量計、動画歩行解析などの客観指標を導入し、投与間隔・用量の運用基準を整備したいと考えています。
- 幹細胞上清液は、既存の保存的管理に追加しやすい補助的選択肢として運用でき、定期フォロー(動画評価・記録面談)の動機づけにもつながりました。運用の実務面では、投与後の定点観察(歩行動画・起立時間・散歩距離のメモ)が有用でした。
- 画像所見(軽度~高度)と臨床像は必ずしも一致しないため、評価は神経学的所見・疼痛評価・生活機能の総合で行うことが重要です。本観察では、環境・散歩量の調整や記録の習慣化と組み合わせることで、飼い主さまが意味を感じる変化を共有しやすくなりました。
- 本観察では、歩様の滑らかさ・尾の可動性・活動性に関して、複数時点で飼い主さまの前向きな所感が記録されました。日常の体重・運動量の調整と並行して経過を追うことで、日常生活の維持につながる変化を把握しやすいと感じました。なお、これらの所感と幹細胞上清液の因果関係は本記録のみでは特定していません。
お問い合わせについて
本報告に関する内容は、あくまで研究的な知見共有の一環であります。さらに詳細な情報をご希望の獣医師・医療関係者の方は、別途お問い合わせください。必要に応じて、観察記録等の提供が可能です。


