一次診療の価値を高める「診る力」——体表腫瘤・皮膚病変に対する診断学

渡邉獣医師

渡邉史恩 獣医師
貴院における『武器となる外科技能の確立』を目指した出張外科サービスを提供いたします。

はじめに

——「まず針を刺す」が動物医療を変える

動物が動物病院を受診する理由の中で、「体にしこりを見つけた」という相談は常に上位に入ります。特に中高齢の犬猫では、日常的に体を触っていて偶然「しこり」が発見されるケースも多く、飼い主さまの不安は非常に大きくなりがちです。ところが、診察室で実際に腫瘤を触ってみても、その性質を視診や触診だけで正しく見抜くことは極めて困難です。

柔らかい、境界が明瞭、昔からある——。
それらの特徴をもって「きっと良性だろう」と判断してしまうとしたら、それは極めて危険な姿勢です。もちろん動物のシグナルメント、臨床症状、視診、触診などで腫瘤の正体に当たりをつけることは大切ですが、腫瘤とは原則、見た目だけでの診断はしてはいけません。

実際、体表に生じる腫瘤は多様で、以下のように大まかに分類されます。

  • 嚢胞
  • 過形成(反応性増殖)
  • 肉芽腫
  • 腫瘍(良性・悪性)

嚢胞(cyst)

  • 袋状の構造物が形成され、その内部に分泌物・角化物・皮脂などが貯留した病変です。
  • 細胞分裂による「増殖」を本質的に伴わないため、腫瘍とは異なります。
  • 毛包の出口が詰まることで生じることが多く、内容物としては角質や皮脂などが一般的です。
  • 炎症や破裂が起こると急激に腫大・疼痛が出る場合があります。
  • 細胞診では角化物や分類不明の雑物が主体です。

過形成(反応性増殖:hyperplasia)

  • 摩擦・外傷・慢性的な刺激・感染など、外的要因に対する“反応的な細胞増殖”です。
  • 組織構造は保持されており、細胞の形態も基本的に正常です。
  • 必ずしも切除が必要というわけではなく、原因を取り除けば改善することもあります。
  • 慢性的な皮膚炎・外耳炎、舐性刺激、ハーネスによる摩擦などが代表的な例です。

肉芽腫(granuloma)

  • 慢性炎症により、マクロファージや類上皮細胞、多核巨細胞が集簇して形成される病変です。
  • 真菌感染・抗酸菌感染・異物反応・皮下注射などが原因です。
  • 細胞診ではマクロファージ系の細胞を主体とする炎症像が主体です。
  • 感染性の場合、内科療法で改善する場合もあります。

腫瘍(neoplasia:良性・悪性)

  • 細胞の遺伝子異常により、自律的に増殖する“細胞の異常増殖”が本質です。
  • 外的刺激がなくても増殖を続ける点が、過形成との決定的な違いです。

良性腫瘍の特徴

  • 一般に境界が明瞭で、膨張性に成長します。
  • 増殖速度は比較的ゆっくりです。
  • 転移性もありません。
  • 外科的に摘出すれば治癒率が高く、再発性も低いです。

悪性腫瘍の特徴

  • 浸潤性が強く、境界が不明瞭なことが多いです。
  • 皮膚の発赤、自壊、熱感、疼痛、急速な増大、硬結化を伴うことがあります。
  • 転移性(リンパ節・肺・肝臓など)があり、早期診断・早期治療が予後を非常に左右します。
  • 治療は外科療法、放射線療法、化学療法など集学的なアプローチが必要です。

ここで重要なのは、どの病変も外観だけでは区別できないという事実です。
特に悪性腫瘍は初期段階で見逃されると治療の難易度が跳ね上がり、生存期間が著しく短くなってしまう可能性もあります。

だからこそ、体表腫瘤や皮膚病変を診察する一次診療に求められるのは、「まず針を刺す」——細胞診(Fine-needle aspiration/biopsy)を標準化する姿勢です。
さらに、必要に応じて組織診(術前:部分生検・コア生検 術後:切除生検)を加えることで、診断の精度を飛躍的に高めることができます。

細胞診と組織診は “補完関係”

診断を進める上で、細胞診と組織診の役割は明確に異なります。
しかしどちらが優れているという話ではありません。
むしろ一次診療では、この2つを並列的に理解し、適切に使い分けることが求められます。

細胞診(Cytology)

最初に行う最低限の介入で最大限の情報を得る検査

細胞診は、腫瘤に針を刺して細胞を採取し、スライドガラスに塗抹して染色し、顕微鏡で観察する検査です。動物に対する苦痛は少なく、安全かつ容易に実施ができ、それでいて得られる情報量は決して少なくはなく、一次診療の現場でとても価値のある迅速な検査です。もし組織の膨隆を伴わない皮膚病変だった場合でも、スタンプ細胞診やスクラッチ細胞診をできる限り行うべきです。

細胞診でわかること

  • 炎症性病変と腫瘍性病変の分類
  • 腫瘍性病変であればカテゴライズ(上皮性/非上皮性)
  • 良性か悪性かの方向性
  • 細胞形態が特徴的な造血器腫瘍などの迅速な診断
  • 術式の計画(切除範囲、切除方法、術後管理)に重要な情報の取得

特に肥満細胞腫は、細胞診で極めて診断しやすい腫瘍であり、十分なマージンを確保した切除が必須のため細胞診なしで切除に踏み切るべきではない腫瘍の代表格です。

細胞診の限界

  • 採取できるのは“細胞単体”であり、組織構築は不明
  • 間葉系腫瘍は間質・基質産生によって細胞採取が比較的困難
  • 腫瘍の種類によっては細胞異型性のみで良性と悪性が判断できない
  • 採取部位によって誤診につながる可能性(壊死や繊維化など)

それでも細胞診は、診断のスタート地点として非常に優れた検査です。細胞診の目的は確定診断を得ることが最優先ではなく、診断や治療の方向性を決定づけるためのものであることを忘れてはいけません。

組織診(Histopathology)

確定診断と治療計画の最終判断を担う検査

一方、組織診は腫瘤の一部、または全体を提出して顕微鏡で“組織構築”を評価する検査です。細胞診で方向性を把握した後、確定診断を得るために行われるケースが多く、腫瘍医療においては最終的な判断の根拠となります。また皮膚の膨隆が少ない皮膚病変で、細胞診で方向性が判明しなかった場合にも適応となります。

組織診でわかること

  • 確定診断(腫瘍名が明確に決まる)
  • 術前の部分的な生検であれば術式の計画(切除範囲、切除方法、術後管理)に          重要な情報の取得
  • 悪性度の評価(Grading)
  • 血管浸潤・リンパ管浸潤などの進行度の評価(Staging)
  • マージンの清浄を評価
  • 術後の追加治療の要否(拡大切除、放射線療法、化学療法など)

組織診の限界

  • 結果判明まで時間がかかる
  • 麻酔や鎮静が必要なケースもある
  • 生検部位によっては確定診断に至らないこともある

細胞診と組織診は互いに弱点を補い合う関係にあり、
両者を適切に組み合わせることで診断の精度が劇的に向上します。

“思い込み診療”が招くリスク

——細胞診・組織診を省略した時に何が起こるのか

一次診療で最も避けなければならないのは、思い込みによる誤診です。
実際に報告されているケースとして、以下のような例があります。

乳腺腫瘍だと思い込み、片側乳腺摘出術を実施

乳腺付近の腫瘤だから「乳腺腫瘍だろう」と判断し、細胞診を行わずに片側乳腺摘出術を実施。しかし実際の組織診断は、なんと肥満細胞腫…

乳腺腫瘍とは無関係であったにもかかわらず、腫瘍学的には一切適応ではない片側乳腺摘出術が行われてしまったケースです。

当然、組織の過剰切除にも関わらず、切除マージンは不十分であるため、追加治療(再切除や放射線治療)が必要になり、動物にとっても、飼い主さまにとっても、獣医師にとっても大きな不利益となるでしょう。

他にも起こり得る誤診例

  • 脂肪腫だと思ったら肥満細胞腫だった
  • 炎症だと思って様子見していたら皮膚型リンパ腫だった
  • 今まで発生した腫瘤が皮脂腺腫だったから、検査を疎かにしたら皮脂腺癌だった
  • 指の腫れが感染と思いきや皮膚扁平上皮癌だった

このように、外観のみに頼った診断は獣医学的に「ほぼ無意味」です。体表腫瘤に対する診察は細胞診をしなければ何も始まりません。

一次診療における院内での細胞診・組織生検を行う意義

——医療的メリットだけでなく「経営的にも大きな強み」に

一次診療で細胞診・組織診を院内で積極的に実施することには、医療面だけではなく経営面における非常に大きなメリットがあります。

医療的メリット

  • 早期診断・早期治療が可能
    腫瘍診療はスピードが命です。細胞診の導入により、当日のうちに治療方針が判断できる可能性があります。
  • 不必要な手術を避けられる
    判断が不十分な誤診になりかねない手術は、動物・飼い主さま・獣医師の全員が損をします。
    細胞診を行うだけで、これらの事故は著しく減少します。
  • 二次病院・高度診療施設への紹介が適切に
    正確な情報を添えて紹介できるため、紹介先や飼い主さまからの自身の病院の評価が上がります。
  • 腫瘍のステージングや手術計画の設計を開始する根拠になる
    細胞診で悪性腫瘍が疑われれば、胸部レントゲン検査・腹部超音波検査・血液検査・場合によってCT撮影などを組み合わせた本格的なステージングと手術範囲を含む術式の設定に進めます。

経営的メリット

  • 飼い主さまの信頼度が上がる
    近年飼い主さまの医療知識はインターネットの普及も相まって非常に向上しており、診断プロセスを科学的に説明できる病院は、確実に信頼されます。口コミにつながる最も大きな要素です。
  • 単価が安定し、医療の質も上がる
    細胞診は使用する医療用具が比較的安く、利益率が高い検査です。病院経営としても導入価値が高い手技といえます。
  • 再診頻度の上昇
    細胞診 → 組織診(検査目的・治療目的) → 治療 → 定期的な診察
    という自然な流れが作られ、長期的な来院サイクルが生まれます。
  • クレーム・訴訟リスクの低減
    誤診は最も大きなクレーム要因です。病理検査を標準化することでリスクは激減します。

まとめ

——細胞診と組織診を“診療フローの中心”に

体表腫瘤や皮膚病変が来院したとき、
細胞診をしない理由はひとつもありません。

  • 見た目だけでは判断できない
  • 乳腺の腫瘤でも脂肪腫のような腫瘤でも“まず刺す”
  • 細胞診が方向性を決め、組織診が確定させる
  • その積み重ねこそが一次診療の質を底上げする

動物たちは自分の身体の異変を言葉で訴えることができません。だからこそ最初にその異変に気づく一次診療は、まさに「命の最前線」です。そして、その最前線で私たちがするべきことは明確です。

体表腫瘤にはまず細胞診を、方向性が決まったら組織診を——。

この当たり前を徹底できるかどうかが動物の命、飼い主さまの心、病院の信頼、私たち自身の獣医師としての誇り、これらを守る分岐点になります。悪性腫瘍は気づかれなければ静かに、しかし確実に進行していきます。適切な診断をし、治療が始まらなければ、動物と飼い主さまの未来を奪ってしまいます。その責務を担うのが、他でもない一次診療です。

どれほど優れた二次診療の高度医療施設が存在したとしても──

一次診療の獣医師が見つけ、判断し、送り出さなければ、その動物は然るべき未来にたどり着けません。一次診療とは、“ただの入り口”ではありません。動物の命にとって、最初で最大のチャンスなのです。そのことを肝に銘じて今日も「命の最前線」に立ち続けましょう。