犬の膝蓋骨脱臼整復について
記念すべき1回目の記事は、Polaris Vetで最もご依頼の多い犬の膝蓋骨脱臼についてお話したいと思います。
※術中の写真があるので、苦手な方はご注意ください。
intro
Polaris Vetでは昨年1月から今年8月現在までで109 件の犬の膝蓋骨脱臼整復の執刀および指導外科を実施しており、依頼手術の中では最も実施機会の多い手術となっています。
一部提携病院様での外来診療の年齢層などの影響を受け、かなりの高頻度での実施となってはいますが、その他の個人病院様からの依頼に絞ってみても最も依頼が多い手術となっています。
依頼が多い要因としては
- 罹患率の高いトイ犬種が、日本では人気犬種となっており広く飼育されている。
- 一次病院でも日常的に遭遇する機会が多い。
- 特殊な整形外科器具が不要で、個人病院でも比較的実施がしやすい整形外科に分類される。
などがあるのでは?と考えています。
膝蓋骨脱臼とは


Premium Surgeon 整形外科・神経外科 P56 より
膝蓋骨脱臼とは、膝蓋骨が大腿骨遠位の滑車溝から外れ、内側もしくは外側に変位した状態を言います。現状の状態を指し示している「症状」であって、「病名」として扱わないという認識が正しいのかもしれませんが、実際は病名として扱われていることが多いです。膝蓋骨脱臼の原因は、一般的に先天性(発育性)と外傷性に分類されることが多く、臨床的にはそのほとんどが先天性です。しかし、本当の意味での先天性というものはほとんど存在せず、発育性(進行性)に脱臼が認められます。
先天性(発育性)の膝蓋骨脱臼の根本的な原因ははっきりわかっていないところが多いですが、①大腿四頭筋群の発育障害、②大腿骨や脛骨における骨格的形態の変化、③膝蓋骨の高位などが原因と考えられています。そのため、術式の選択においても、考えられる原因やその変形の程度によって、アプローチすべき問題が変わってくることがあり、術前の触診やレントゲンでの評価が重要になってきます。
グレード評価
膝蓋骨脱臼は一般的に4段階のグレードで評価されることが多いです。
グレード1

用手で脱臼させることは可能であるが、手を離すと正常位に戻る。
ほとんどの場合、臨床症状は見られない。
グレード2

日常的に脱臼を繰り返している状態。屈伸運動や捻転時に乗ったり外れたりを繰り返している。時折、スキップの様な破行を見せることがあるが、ほとんどの場合痛みを伴わないことが多い。
(とは言っても、軟骨の損傷などにより痛みを伴う症例もあり。)
グレード3

常に脱臼している状態。用手で正しい位置に移動させることは可能であるが、正常位をキープすることができない状態。破行などの臨床症状が見られないことも多い。
グレード4

常に脱臼している状態。さらに、膝蓋骨を用手で正しい位置に移動させることもできない。
臨床の現場では、広く活用されているグレード分類ですが、このグレード評価は学術的な側面での分類であり、必ずしも臨床上重要な評価というわけではありません。
実際の臨床現場では、症状とグレード分類が一致しないことの方がほとんどです。
Polaris Vetでは、臨床症状が重要と考えており、グレード分類は手術手技を考える上での参考データとして考慮しています。
膝蓋骨脱臼は手術が必要なのか?
現状、手術適応とする明確な基準などが存在しないため、獣医師の中でもかなり意見が分かれている状況かと思います。特に、「グレード〇ですが、手術適応ですか?」という相談をよく受けます。これに対して、YESとも言えますし、NOとも言えます。
前述した通り、グレード分類はあくまで学術的側面が強く、臨床症状を反映した分類ではありません。グレード2でも痛みを伴う破行の症状が見られれば積極的に手術を検討しますし、グレード3でも高齢の小型犬で臨床症状がほぼないような子であれば、手術を積極的に勧めないこともあります。
手術への積極度は国によっても変わり、膝蓋骨脱臼があれば基本的には手術を行うことを推奨しているところもあれば、「症状に合わせて」としているところもあります。
「進行性である」という点、将来の障害や早期の手術の方が実施しやすいことなどを考えると、「あればやる」というのも間違いではないと思います。
飼い主様もセカンドオピニオン、サードオピニオンと意見を聞くたびに
「あっちでは推奨と言われたけど、こっちで不要と言われた。」
と困惑されることも多いです。
Polaris Vetが考える適応判断
Polaris Vetでは以下のような基準で手術の適応をすすめています。
- 生後半年未満の成長期において、グレード2〜3への進行が見られる症例。
- 15〜20kg以上の中・大型犬でグレード2以上の症例
- グレード4の症例
上記3つをより積極的に実施を推奨する症例とし、
- 上記に当てはまらないが、月に1回以上の間欠的な破行や疼痛反応など膝蓋骨脱臼に起因すると思われる臨床症状を示すもの。
この4つのいずれかに当てはまる子においては積極的に実施推奨としてインフォームしています。また、進行性であるという点から、なるべく早期の若い年齢での実施を勧めています。

左後肢グレード4におけるレントゲン写真
どのような手術を行うのか
膝蓋骨脱臼整復と一言で言っても、基本的にはいくつかの手技を組み合わせて行います。また、同じ術式でも術者によって手技が多少異なっていたりします。
一般的には
- 滑車溝造溝術
膝蓋骨がはまる溝を深く掘り下げる手術

小動物外科専門誌 Surgeon 110 Vol.19 No.2 2015
Polaris Vet でのブロック造溝術

- 関節の縫縮
内方脱臼の場合は外側の、外方脱臼の場合は内側の筋群を重層鱗状縫合という方法で縫縮める手技

- 支帯の解放
脱臼している側に牽引している筋肉を切開し、引っ張る力を弱める手技

- 脛骨粗面転移
膝蓋靱帯の脛骨への付着部を骨切りし、滑車溝の真下に移動させる手技




- 大腿骨の矯正骨切り
成長過程で歪んでしまった大腿骨の形を骨切り手術により矯正する手技 - 脛骨の矯正骨切り
成長過程で歪んでしまった脛骨の形を骨切り手術により矯正する手技
などがあります。
実際には、全ての症例でこれら全てを行うというわけではなく、症例の状況に応じて使い分ける形になります。
Polaris Vetでは1〜3までの手技を基本的に実施する手技とし、症例の膝の状態に応じて4〜6を選択して実施しています。
獣医師によっては、1〜4までを基本として、ほとんどの症例で脛骨粗面転移を実施するとしているところもあります。
手術手技の選択におけるPolaris Vetでの見解
1つ目の滑車溝造溝術に関しては、Polaris Vetではブロック造溝という方法を用いています。
膝蓋骨の可動範囲における滑車溝の軟骨をブロック状に一度切り出し、軟骨下の骨を掘削してから、切り出したブロックを戻し、溝に深さを出す方法です。
他にも、楔形に切り出しを行う楔形造溝を行う獣医師もおりますが、ここの選択は執刀医のやり慣れた方法や好みによって決定されることがほとんどです。
上に挙げた2つの方法は、膝蓋骨が当たる領域に軟骨を温存させる手法ですが、中には、滑車溝を直接ドリルで削り、軟骨ごと掘り下げる方法を実施している病院はありますが、Polaris Vetでは、軟骨を温存する手技での実施を推奨しています。
また、脛骨粗面転移に関しては、Polaris Vetでは全ての症例での実施とはせず、脛骨の捻れの程度や膝関節における軟部組織での回旋の程度によって適応可否の判断をしています。
脛骨粗面転移は脛骨の膝蓋靱帯付着部で骨切りを行い、ずらした場所にピンで固定するという方法になります。
そのため、骨癒合が得られるまでの安静期間が長くなることや合併症発生リスクが高くなるデメリットも存在します。
脛骨近位の捻転が軽度であれば、粗面転移を実施せずとも良好に整復できる症例も多く、
「実施しなくても十分に整復維持が可能である。」
と思われる場合は、実施を控えています。
基本手技に組み入れてはいないと言っても、実際の手術の際は、手術中の膝の可動状況や脛骨の状態を見て、粗面転移が追加になっても対応ができるように準備を整えてから実施しています。
まとめ
今回は、犬の膝蓋骨脱臼のグレードやPolaris Vetでの手術適応の判断、手術の術式などについて簡単にまとめさせていただきました。
膝蓋骨脱臼整復は発生頻度が高く、また骨折などのように高価な整形外科器具を多数揃えなくても、比較的揃えやすい器具のみで対応できることが多い手術になります。そのため一般一次病院でもしっかりコツさえ掴めば十分に実施可能な手技です。
Polaris Vetでは出張外科にて、これまで多くの症例を執刀し、ご依頼病院の外科技能向上のための技術指導も承っております。執刀の依頼から手術指導、症例相談までお気軽にご相談ください。
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参考文献
- 小動物外科専門誌 Surgeon 110 Vol.19 No.2 2015
- Premium Surgeon 整形外科・神経外科
- 小動物外科手術 下巻 LLL .Seminar
- 小動物外科診療ガイド
など

